テレフォン・アラブ

私は自称アリの家まで走って戻る。先ほどは裏口から入ったので分からなかったが、よく見ると、そこは絨毯屋だった。預けていた荷物を取り戻し、男を問いただすと、母の首にかけて誓う(………)が俺はアリだ。じゃあ何か身分証明書を見せてくれ、と私が言う。しばらく探し、今身分証明書は見つからない、と答える。男を追い込んでは何が起こるかわからないと思った私は、ミントティーはおいしかったし、絨毯もきれいだった、お前はいい奴だし、実はお前がアリかどうかなんてどうでもいいんだ。だから、とにかくHôtel Oasisに行く人を探してくれと、やさしくしかし強い口調で頼むと、程なくホテルのオーナーの従兄弟(またしても!)を探してくれたのだった。

 

砂漠のホテルに着き、本当のアリにこの話をしたところ、プライバシーという観念のないモロッコの街では、誰が何の目的で町にやってきたかは、おのずと町中に知れ渡ってしまうという。特に日本人の場合は。このとき私は、 Téléphone arabe(「口コミ」)という以前習ったフランス語の表現を思い出し、今までの多くの謎が解けた気がした。

モロッコへ向かうときは軽かった私のリュックサックは、帰りの飛行機では絨毯ではちきれんばかりであった。さらには、入りきらない絨毯を入れるための大きな袋まで、手荷物として私とマラケシュ―パリ間の旅をともにしてくれた。4枚の絨毯が私のパリでの研究生活を彩ってくれたのはいうまでもない。今でも私の家の押入れには色鮮やかな4枚の絨毯がその冬の思い出とともに眠っている(湿気の多い日本では絨毯は不向きらしい)。

ちなみに現在、30あまりのアフリカの国々でフランス語が公用語ないしは第二言語として使用されている。

 

この旅行以降、私は北アフリカ(マグレブ)諸国の料理(クスクス、タジーン、メルゲーズ)や音楽といった文化に興味をもつようになった。最後に私の好きなマブレブ作家の小説を幾篇か紹介しておこう。

 

・タハール・ベン・ジェルーン(モロッコ)
『砂の子ども』、菊地有子訳、紀伊国屋書店、1996
『聖なる夜』、菊地有子訳、紀伊国屋書店、 1996
・ムハンマド・ディブ(アルジェリア)
『アフリカの夏』、篠田浩一郎・中島弘二訳、河出書房新社(『現代アラブ小説全集』第9巻)、 1978
・カテブ・ヤシーヌ(アルジェリア)
『ネジュマ』、島田尚一訳、現代企画室、 1994
・ラシッド・ブ-ジェドラ(アルジェリア)
『離縁』、福田育弘訳、国書刊行会, 1999