ルイ・ド・フュネス──愉快な小さいオジサン

1914年にスペイン系移民の子として生まれたルイ・ド・フュネスは、特に1960-1970年代のフランス映画界には欠かせなかった大喜劇俳優です。若い頃は毛皮商、会計士補佐、バーのピアニストなどさまざまな職については、その度に問題を起こしてクビになるという落ち着かない生活を送りますが(結婚、離婚、再婚も経験)、1942年に俳優になろうと決心し、見事デビューを果たします。しばらくはチョイ役を演じる年月が続くのですが、50年代中頃からまずは舞台、次いで映画界で徐々に頭角をあらわし、1964年に封切られた『Le Gendarme de Saint-Tropez』(邦題は『大混戦』というらしいです)が大ヒットすると、一躍喜劇界のスターとなります。その後は、この『Le Gendarme』シリーズや『ファントマ』シリーズのほか、『Le Corniaud』(1965)(邦題『大追跡』)、『La Grande Vadrouille』(1966)(邦題『大進撃』…なんだか似たような邦題ばかり…)など、次つぎに映画をヒットさせ、「フランスでもっとも観客を呼べる喜劇俳優」の異名をとるほど。事実、『La Grande Vadrouille』の観客動員数は、1997年『タイタニック』に記録を破られるまではフランス映画史上ナンバー・ワンだったそうです。ところが、人気絶頂の1975年に心臓発作を起こし、ド・フュネスは仕事を減らすことを余儀なくされます。舞台からは引退し、映画はペースダウンして撮り続けますが、いつも撮影現場には主治医と救急車が控えていたとか。1980年代初頭まで活躍するものの、1983年に起こした発作が致命的となり、帰らぬ人となります。

 

私が始めて観たルイ・ド・フュネス映画は、1964-1966年に封切られたファントマ3部作の第2作目『Fantômasse déchaîne』(邦題『ファントマ 電光石火』)でした。ド・フュネス演じるジューヴ警視は、怪人にも負けない見事な変装を見せ、自ら発明した葉巻銃などの「ガジェット」を駆使し、最後はファントマ操る空飛ぶシトロエンを追いかけてパラシュートでスカイダイビングと大活躍します(ファントマ側のアイテムやアジトもレトロ・フューチャー感満載ですごいです)。つづく第3作目『Fantômas contre Scotland Yard』(邦題『ファントマ ミサイル作戦』)では、ジューヴ警視はロンドン警視庁に要請され、幽霊のウワサがあるスコットランドの古城までファントマを追いかけていくのですが、偽幽霊やしゃべる馬に脅かされたり、ポルターガイスト風の動くベッドで怪人のアジトに連れ去られたりで、まったくいいとこなし。怪人に翻弄されっぱなしなのですが、その分お笑い要素は増しています。映画の荒唐無稽さもグレードアップしており、ファントマは逃亡の際に城の塔からロケットを発射させるほどです。シリーズ第1作目『Fantômas』(邦題『ファントマ 危機脱出』)はジャン・マレーが中心のつくりで、ジューヴ警視の活躍が少ない=笑いが少ないので、2、3作目のほうがオススメです。『ファントマ』は今年2月に日本語字幕盤DVDが発売され、入手可能ですので、興味を持たれた方はぜひ観てみて下さい(昨年渋谷で「ファントマ映画祭」と題して3部作の上映があったそうです。知りませんでした)。