ルイ・ド・フュネス──愉快な小さいオジサン

一條 由紀

 

正直言って、ふだん私はそれほど映画を観ません。最後に映画館に行ったのはいつのことだったのか、考えないと思い出せないほどです。DVDなどのレンタルもほとんどしません。とはいえ、テレビで放映される映画を観ることはあります。そして時には、それが大きな発見をもたらすこともあるのです。

 

今をさかのぼること数年前、当時フランスのとある地方都市に留学中だった私は(町にあまり娯楽がなかったため)よくテレビを観ていました。そして、夏休みのある日、映画『ファントマ』に出会ったのです。怪盗ファントマ──それは、第1次世界大戦直前のフランスで大ヒットしたピエール・スヴェストルとマルセル・アランの共著になる連続小説の主人公、ロベール・デスノスをはじめ、詩人・作家たちをもとりこにした犯罪の天才で変装の名人…。すでにそうした漠然とした知識はあったのですが(千葉文夫先生の『ファントマ幻想』のおかげです)こんな映画があったなんて! しかしながら、いつしか見たイラストでは、ファントマは黒い燕尾服にシルクハット、顔の上半分は黒いマスクで隠されており、私はアルセーヌ・リュパン風な怪盗を勝手にイメージしていたのですが…。テレビ画面に映し出されたのは、ビシッと現代風のスーツを着こなした、まさしく怪人=怪しい人でした。なにしろ、頭全体が緑青色のマスクですっぽり覆われており、あたかも顔色の悪い犬神スケキヨのようなのです。しかも、それを演じているのが、コクトー映画でおなじみの名優ジャン・マレーだというのですから(彼は一人二役で、ファントマを追う新聞記者ファンドールをも演じている)私は非常な興味を持って映画を見始めたことです。しかし、私の興味はしだいに怪人からそれていきました。アクションも表情も大仰な小さいオジサンが画面狭しとちょこまか動き回り、ファントマ以上の存在感を醸し出していたのです。それこそがファントマの宿敵ジューヴ警視であり、私とルイ・ド・フュネスとの出会いでした。