あるフランス音楽(?)の話(1)

さて、以上のような音楽と政治のかかわりは、別に過去の話というわけではなく、現在でもそれほど変わっていません。最近のフランスにおいても、というかこの数年来特にというべきかもしれませんが、「68年」の遺産にどのような態度をとるかということは重要な政治的問題でさえあります。これは日本と比べるともちろん、他のヨーロッパ諸国と比べてもフランスの大きな特徴です。多くのミュージシャンがこの問題について発言していますし、アンチ68年派の代表である現在のフランス大統領は、自分を支持する数少ないミュージシャンを自らの政治的アピールに利用しているほどです。こうして音楽と政治は無関係ではありえないという忘れられがちな事実を、フランスという国は頻繁に思い出させてくれます。

さて、私は上で二つのことを述べました。異なるジャンルでも実は意外につながっていて、特に70年代のフランスではその混交が進んでいたということが一つ、政治を通じて音楽を眺めてみるとある種の時代精神が浮かび上がってくること、というのもフランスでは日本に比べればはるかに音楽に政治がついてまわるからだということがもう一つです。この二つのことについて、最後にちょっとしたコメントを加えておきたいと思います。 まずはジャンルについて。たしかに一つのジャンルだけにこだわって、他のすばらしい音楽を聴かないのはつまらないことです。異なるジャンル間の越境も、基本的には歓迎すべきことでしょう。しかし同時に、「ジャンルなんて無意味だ。世界にはよい音楽と悪い音楽しかない」と断言してしまうことには、私は違和感を覚えます。音楽には実際に多くのジャンルがあり、つまりそこにはたくさんの境界線が引かれています。それをあらかじめなかったことにして、フラットな場から出発することが可能であるかのように振る舞うことが、私は嫌なのです。重要なのはむしろ、境界を越える身振りによってその境界そのものを浮かび上がらせ、その存在を人々に気づかせることではないでしょうか。

同じことは、国境についても当てはまります。例えば、フランスの音楽だけを排他的に聴くという態度はつまらないものです。しかし、あらゆる国境をあらかじめ越えて、それが初めからなかったかのように振る舞うことは、それ以上に愚かしいことではないでしょうか。このことはある種のワールドミュージックに見られる疑似コスモポリタニズム批判として、しばしば語られることでもあります(例えば若尾裕氏の「反ヒューマニズム音楽論」の第一回目を読んでみてください)。それに対して、ある種のローカリティに根ざしつつ、それを内側から問おうとする試みこそが重要だというのが、昼間賢先生の『ローカル・ミュージック』(インスクリプト、2005年)に書かれていることです。これはとてもよい本なので、みなさんぜひ読みましょう。

次に音楽と政治について。たしかに音楽は政治と結びついています。そのことは疑いようがありません。しかし同時に、音楽を政治の手段にするのはつまらないことですし、また音楽を政治的に判断するのはくだらないことです。別に左翼の人がカルラ・ブルーニの音楽が好きでも全然かまわないじゃないですか。 ただ、音楽と政治の関係を「音楽を通じた政治」とは別の仕方で考えることもできます。哲学者ジャック・ランシエールに「感覚の分有」という考え方があります。音楽にかこつけていえば、「感覚の分有」というのはCD屋のポップみたいなもの、つまり「○○が好きな人には××がおすすめ」という「分割=共有された感性」に基づいた押しつけがましさ、あるいはそれが制度化されたものだと思えば、それほど間違いではありません(5)。しかし音楽そのものには、そうした感覚の布置を揺るがす力が備わっているということは、おそらく誰でも知っていることです。そしてランシエールによれば、それはそのまま政治的なことなのです。この点について詳しく知りたい方は、市田良彦氏の『ランシエール――新〈音楽の哲学〉』(白水社、2007年)がとても有益ですので、ぜひ読んでみてください。 というわけで、思わず長くなってしまいましたが、いくつかのCDと関連書籍の紹介でした。

 

(1)Dominique Grimaud, Un Certain Rock(?)Français, vol. 1, 1977; vol. 2, 1978という二巻本の著作のタイトルをもじってみました。

(2)Le Rire des Camisoles(Futura, Red 07, 2005)

(3)大里俊晴「コレット・マニー 或いは魂の冒険の軌跡」『ur[ウル]』no.5(特集「ノンジャンル・ミュージック)、ペヨトル工房、1991年

(4)フランス仕様(PAL)ですが、以下のDVDが発売されています。Les Groupes Medevadkine(Edition Montparnasse, 2DVD, 2006)

(5)念のため書いておくと、バイヤーや店員の顔が見えるような手書きのポップは好きです。